「そんな莫迦な・・・・!?」
 
 軍事システムから急報を受けた瑞波は、ディスプレイに映された文面に異議を唱えた。
 じわりと脂汗が浮かぶ。
 同時に今までしてきた事への無意味さと、片隅に浮かんだようやくの微かな解放感に、虚脱感が生まれる。

「全て、無意味だったというの・・・・?他に道は・・・・なかったの・・・・?!」

 バン!と机を叩きながら、床にへたり込む。
 暫くそのまま動けずにいた瑞波を、ハム音を響かせながらディスプレイは照らし続けていた。


全世界の各国軍へ
地学研究部より急報
幾重によるレーザーアジェレーション
により、地殻変動勃発。
推測から逆算して約一週間の後、
この星は消滅の可能性あり。
尚、破壊活動防止法は現時点では、
見つかっていない。


「思った通りだね」

 宮雪の研究室に入り込み、自分のカードリーダーを使って軍事システムに入り込んだ魁耶は、急報をハッキングし終えていた。
 太股に取り付けられたカードリーダーには、今はカードは入っていない。
 
 それでも魁耶が生きていられるのは、偏に改造してしまったからである。
 数年前までは機械にも精通する春日の助手を務めていたくらいだ。
 そこそこの構造を持つマシンであっても、コンベーションなど赤子の手を捻るより簡単だった。
 今などこのカードとリーダーがあれば、ネットワークシステムに繋ぎ込めればどんな情報を手に入ってしまうようになっていた。
 
 通信ケーブルをしまいながら、魁耶はこれからの事を想う。
 幸い、他の人格は息を潜めている。消滅した訳ではないが、最低でも後二日、彼らが目覚める事はないだろう。
 それでいい。最後のKillgame(試合)だけでも自分の意志でしておきたかった。
 
 魁耶は割方冷静に現実を受け止めていた。
 否、そうなると解っていたと言った方がいいかもしれない。
 愚かな人間の所在によって、総ての命が奪われてしまう事を。
 人間だけでなら、まだ救いようがあったかもしれない。
 他の生物さえ巻き込まなければ。

「何処かで道を正せると思ったけど、駄目だったみたいだね。この星に人間が生まれた時点で、決められてしまったのかな。 ・・・・・でも自業自得だろうね。必要以上に壊し続けて、生態系を破壊したのは自分たちなのだから」
 
 キッとアームチェアに腰を下ろしながら、魁耶は一人言ちたつもりだった。
 しかし

--------チャキッ

「他人の所有する物を勝手に使うことは、悪いことなのですよ?」
 
 脳天に当たる、冷たく堅い金属の感触。
 閉ざされた意識の中で何度も聞いた、常に冗談めかしている声。

「ルガー・スーパーブラックホース44口径とは、物騒な物を持っているんですね。でも、その型は、僕も好きですよ」
「・・・・えぇ、素晴らしいでしょう?この威圧感さえ感じるフォルム、これに気に入りましてね。衝動買いとでもいいましょうか。以前の貴方にそっくりでしょう?」
 
 ゆっくりと振り返った魁耶の額に、銃口を突きつける。 宮雪は眼孔を眇めて魁耶を睨む。

「貴方は一体誰なんです?」

 ああ、また。
 同じ事の繰り返しなのか。

「初めまして、と言った方がいいのかな。僕の意識が宮雪さんと話すのは初めてですから。宮雪さんが今まで言葉を交わしてきたのは、タイプAと呼ばれる第二の人格なんですよ」
 
にっこり笑ってそう返せば、持っていたルガーを一旦降ろす。

「多重人格、という訳ですか。成る程、そう言う事ならば合点がいきますね。しかし、またどうして貴方の意識が表に?」
 
 魁耶が座っていたアームチェアに腰を落ち着かせながら、表面上は笑顔で尋ねる。

「さぁ、僕にも解りません。春日のお陰なのかな?兎に角、今彼らはとても静かにたゆたっている。このまま起きずにいてほしい。そう願うばかりです」
 
 普段口にしないような事を吐きながら出口へ向かうが、宮雪は止めようともしない。
 目を伏せて座ったまま、微笑を浮かべている。
 そんな彼に、魁耶は思わず足を止め静かに声をかけた。

「一つ・・・・・いえ、二つ、尋ねてもいいですか?」
「何でしょう?」
「貴方は、僕を咎めに来たのではないのですか?」
「貴方が峰平クンと解れば、咎めたりはしませんよ。タイプAの方に研究室への出入りは自由と言っておきましたから」
 
 そういえば、と初めに彼から説明を受けたとき、そんな事を言っていた気がする。
 納得した魁耶は再び疑問を投げかける。

「どうして・・・・人間は何かを殺め続けなければ、生きていかれないんでしょう?その代償は、必ず自分たちに戻ってくるというのに」

 暫く無言でいた宮雪は、振り返らずに返答する。

「かの有名な詩人、ヴォーラス・J・アリトシアをご存じですか?彼の詩の中にあるんですよ。
『We continue killing everything to the last drop of our's blood. So it's true happiness.』
 我々は生命の続く限り、総てを殺め続けるだろう。それが本当の倖せである、と。
 私もそう思います。人間は、何かを殺め続けなければ生きてはいけない、とね」

 そう言って、宮雪は口を噤んだ。
 魁耶は無言で暫く立ち尽くしていたが、振り返らない彼に一礼すると、ゆっくりと部屋を後にした。



 ヴォーラス・J・アリトシア。
 人間の本能について模索し、書き続け、ついにこの戦争で命を落とした詩人家。
 リアリズムともアイディアリズムとも言い難い、両極を併せ持つ感性。
 
 知らない訳ではない。ただ、彼の考え方とはどうしても合わなくて、詳しく知る事を避けていた。
 だけど、今なら解るかもしれない。彼が人間を、どういう目で見ていたのかを。
 再び通信ケーブルを延ばし、そこ此処に設置されたネット-コンピュータに接続する。
 検索画面に彼の名前を打ち込むと、作品全てが羅列された。
 更に宮雪に教えて貰った先程の一節を入力し、絞り込む。
 ポーン、と検索結果に現れたのはあの節に恥じないタイトルの作品だった。

「『Bloodshedism』・・・・」

 殺戮主義。

『 気が遠くなるほど昔、
  まだ喜びも  悲しみも嘆きも痛みさえも知らず
  自分が何なのかも何故生きているのかも解らぬまま、
  あの時生を受け入れた瞬間から、
  総てのDNAに刻み込まれた
  必然的且つ最も自然な殺戮主義。
  
  何人も逃れられぬこの想いが、
  一番美しいと云ったのは誰だったか。
  
  暖かい温もりが残るは、
  後で植え付けられた感情による泪か、
  それとも生まれる以前から受け継がれる
  引き裂かれた肉塊から溢れる鮮血か。
  
  本能と呼ばれる殺戮主義により、
  総てを殺め、総てに殺められ、
  残る肉の裂ける感触に酔い、
  痛みの快感に悶え、
  自らのぬめった血で洗われながら、
  本当の倖せを勝ち得るのだ。
  
  種の保存など意味は無い。
  やがて総ては躯へ変わる。
  
  嗚呼、我々の喜びは何時になれば解放されるのか。
  生きる為に切り裂き、生かす為に血を流す。
  倖せは其処にあるというのに。
  愛しさも苦しみも呻きも叫びさえもてるのだ。
  本当の温もりを抱きしめよ。

  最期の血が流れ、
  永久の業火が総てを灰へと帰せるまで、
  我々の夢は続くだろう。
  嗚呼、わが子らよ。
  須く剣を手にしたまへ。

  We continue killing everything
  to the last drop of our's blood.
  So it's true happiness.              』

「これが・・・・・」
 
 読み終わった瞬間に、身の毛がよだった。
 此程までに人間の真理を突いているとは、夢にも思わなかった。
 倖せかどうかは矢張り解らない。だがこの繰り返しなのだと思う。
 
 滅びては再生し血で血を洗い、総てを無へと帰し再び滅びる。
 これが誰にも逃れられない運命なのだ。
 正す道など無い。これが正規の道のりなのだから。

「今の僕たちは、終わりであり始まりであるというのか?」
 
 もう一度、やり直せというのか。
 最初から、総て。





ヴォーラス・アリトシアって誰だ(笑)
いや勿論架空の人だけども。過去の蒼劉、
ネーミングセンスがナウいよ(苦笑)


    8へイク