以前の魁耶を知っている者は、彼の豹変ぶりに言葉もなかった。
無理もないと思うが、其処まで唖然としなくても良いのではないか。
と言っても、タイプAから魁耶本来に戻ると大抵はこんな反応をされるのだが、どうも慣れない。
「嶺平・・・さん?」
「はい?僕の顔に何か付いてますか?」
「い、いえ、別に・・・・」
付いてるじゃないか、笑みが。
そうでも言いたげに、迂皇は視線を逸らす。
ついつい苦笑してしまうが、そこは何とかカバー。
これ以上彼らの驚きに付き合っている訳にはいかない。早く終わらせてしまいたかった。
「明日は一体、何処で、誰と?」
比較的柔らかい口調で問う。笑顔を添える。
「相手はオメガ、男性です。これが最後の闘いですね。血に飢えた獣では無いにしろ、勝ち得ていただかなければ困りますよ?」
「・・・・・・約束 ですから」
もう無意味であるのに。
例え権利を勝ち得ても、我々の先は短い。
いや、もう既に権利などの存在は無いに等しい。
全て、終わるのだ。
「場所は、また明日教えていただけます?今日はもう、疲れてしまって・・・・」
肩を竦めて溜息を吐くと、宮雪は笑って許してくれた。
明日に備えてごゆっくり、と。
扉を後ろ手で閉め、堅く目を瞑る。
「すみません、宮雪さん。僕は約束を守れない・・・」
「活動が止まった」
弾丸のようにキーボードを打っていた手が止まったかと思うと、出し抜けに城白は言った。
「なっ・・・え?」
軍の研究所で城白に検証を頼んでいた瑞波は、出された言葉の真意を掴みかねる。
「マグマの動きが止まった。つまり、流動の完全停止だ」
電源を落とし、瑞波が待つソファへと身を沈め、煙草に火を付ける。
「それが停まると・・・どうなるの?」
「さぁな。取り敢えず総ての事柄に何らかの影響を来すだろうが、専門ではないから解りかねる。詳しくは中央にでも聞けばいい」
のんびりと、と迄はいかないが悠々と構えている城白に、瑞波は首を振って訝しむ。
「貴方、今の状況が本当に解ってる?あと数日後には、この星は消えるのよ?死んでしまうのよ?何とかしようとは思わないの?」
苛々とした態度で、城白が銜えた煙草を掴み取る。
小さく舌打ちをすると、煩そうに前髪を掻き上げ立ち上がる。
「ああ、思わないなっ!これ以上悪足掻きをして何になる?例え消滅は免れたとしても戦争は続く。
そんな中でお前は何を想って生きるつもりだ?結局は滅びるしかないんだよ。何もかも穢したまま滅びるなら、総てが消えて無くなった方がまだましだっ!!」
ソファの前に置かれたテーブルを、力任せに蹴り飛ばす。
鈍い音を響かせて転がり、机上の灰皿は無惨にも砕け散る。
肩で息をする春日を、風架は悲痛な面もちで見つめる。 二人、何も言えないまま。
「結局、『君』は使わずに終わってしまうのかな」
グリップ部分の曲線を撫でながら、独り言のように問い掛ける。
タイプAが選んだ、ちっぽけな自分には丁度良いデリンジャー。
決してデリンジャーがちっぽけな、という意味ではない。
寧ろ、彼の存在は大きかった。手にしているだけで安らいだ。心が凪いでいく。
『彼』を撫でながら、魁耶はゆっくりと視線を巡らせる。
最後の試合の場として選ばれたのは、広い広い荒野。
焼け跡の残る、以前はさぞかし美しかったであろう草原であった場所。
耳を澄ませば聞こえてくる、轟音と地鳴り。
今も何処かで火薬やレーザーが使われている。
星の泣き声にも気付かずに、人々は殺し合う。
核によってもたらされた暗雲は厚く空を覆い、噴火による灰や煙が更に拍車を掛ける。
疾うの昔に太陽は消え去った。雲間からの薄い光さえ漏れはしない。
自然との協調はどうしたのか、本能は総て殺戮へと変わったのか。
「そうだとしか、言いようが無いじゃないか」
『彼』を掻き抱き、愚かさを妬む。もう自嘲の笑みさえも浮かばない。
そうしていると、乾いた砂を踏み締める音が聴覚を刺激する。
視線を上げた先には、此方に歩を進める人影があったのだけれど。
「・・・・ど・・・して・・・・・・・?」
「宮雪は俺をもエントリーさせていた。途中でもし魁耶が死んでもいいように。そうして残ったのが、俺とお前だ」
長い髪を鬱陶しそうに掻き上げて、春日は立ち止まった。 反射的に、魁耶は苦しそうに微笑む。
「矢っ張り、僕等の道も変わらないよ。君は僕を生かし、殺す。僕は君にされるがまま。違うかい?」
「・・・いや・・・・」
その通りだ、と。彼は視線を外すことで肯定する。
「春日。僕を愛しているなら殺して?でも、君に特別な感情がないなら、僕は道に背く」
たった二発の心臓を装填しながら、僕は君に銃口を向ける。
さあ、春日。素直になって、答えを聞かせて?
そのままどれくらい経っただろう。
始めは突き出した左手の項に、次は両足に。
突き刺されるような、突発的な痛み。
それが銃弾だと解ったのは、がっくりと膝を地に付けてから。
「・・・・・・アハ、アハハハハッ・・・・・・」
狂喜ではないと思う。安堵の嬉笑。
嬉しい。
「立て」
命令口調で、しかし何処か柔らかい春日の声。
満面の笑みを浮かべながら、魁耶はユラリと立ち上がる。
「・・・・・・・・・・何を笑っている。気色悪いぞ」
「別に?ただ、とことん僕はマゾヒズムだなぁと思って」
「俺はサディストか」
ザッザッと歩み寄りながら、銃口は向けたまま、春日は呆れた様に息を吐く。
「自覚があるなら結構な事じゃないか。凄い自己中心的なサディストっぷりだったけれど」
「人のことが言える口か」
「酷いなぁ。打たれ強いと言ってほしいね」
眉を八の字に下げ、肩を竦める。
そんな僕を、春日はフッと微笑する。
「もっとまともな話は出来ないのか。お前、もうすぐ死ぬんだぞ」
「残念だけれど、それは無理かな。嬉しくて顔がにやけてしまうし、自覚がないから遺言を残すような気分でもないんだよ。痛みも感じないしね」
「殺す側としては、その態度は非常に微妙な気分だがな。まぁいい、残り三発。狙うのは心臓、頸動脈、脳の三つだ。どの順番で打ち込むかは、魁耶が決めると良い」
銃口で指し示しながら、丁寧に説明をする。
数年前のプロフェッサー癖が出ているのだろう。
魁耶は助手気分で耳を傾けていた。
「一番辛くないのは上から順番にだろうけど、最期まで春日を見ていたいから、下からにするよ」
突然、足から力が抜ける。
ガクンと頽れた足元には、血溜まりが出来ていた。
どうやら限界に達したらしい。感覚はなくなっているが、ビクビクと痙攣したまま治まらない。
「・・・・・・じゃあ、いいか」
「 うん」
一瞬だけ目を閉じてから、しっかりと春日を見つめる。
立ち上がれない代わりに、春日が膝立ちの格好になる。
ハンマーを引き、トリガーに指をかける。
それが引かれる瞬間だった。
-------ガッ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ・・・・・・!!!
「何っ?う・・・・あぁぁぁっ??!」
「魁耶っ!!」
地面が激しく揺れ、地響きが強くなる。
その内立っていられなくなるほど強くなり、膝立ちの状態でも手を付かなければ倒れてしまう。
一度地面に叩き付けられた魁耶は、庇いに入った春日の腕に抱かれていた。
やがてその勢いが衰えてきた頃、遠くに見える軍事都市のビル群が倒壊していくのが、微かに見えた。
「消滅が、始まったか・・・・・」
抱き寄せたまま呟く春日を、魁耶は瞳だけで見上げる。
「でも、推測では数日後って言っていただろう?」
「人間の推測ほど、曖昧なものはこの世にはないな」
衝撃で切れた魁耶の傷口を自らの白衣で拭きながら、春日ははっきりと呟く。
そうして離れてしまった春日にもう一度抱き付きながら、魁耶は最期の願いを口にする。
「春日。最初で最後の僕の我が儘、聞いてくれる?この星が進む道を違えなかったように、僕も自分の道を進みたい。だから、お願い。僕を、殺して?」
春日が持ってきていた銃は、その場にはなかった。
代わりに、デリンジャーが手の届く処に落ちている。
少しだけ手を伸ばし、春日はそれを手に取った。
「聞こえるか、魁耶。崩壊していくこの星が歌う、鎮魂歌(レクイエム)が」
「・・・・・うん。なんだか、とても静か。安心する・・・・」
少しきつめに魁耶を抱き寄せる。
そっと背中に腕が回される。
「春日。僕は、僕たちは間違っていないよね?これで、良かったんだよね」
「ああ。命が有れば死へ繋がり、いずれ滅っする。滅びは必ず再生を生む・・・・・」
安心したように目を閉じる。
恐怖はない。
冷たい銃口、引かれるトリガー。
響き渡る銃声。
打ち抜かれる瞬間に届く声。
ズット愛シテル
「・・・・・・・・・・・・魁耶・・・・・・・・・・?」
愛しい者は何処へ逝ったのか。
この腕の中にいたのに。
気付いたときには遅かった。
無力な魁耶の躯は、口を開けた地底へと堕ちていく。
垣間見えた微笑み。
倖せそうな表情。
やがて闇に溶けていく。
追いかけよう。
そうだ、今なら追いつける。
あの夜、俺は君に誓ったんだ。
「ずっと傍にいる」
地を蹴り、踏みだす。
闇に吸い込まれていく。
堕ちていきながら、春日はトリガーを引いた。
ずっと言えなかった言葉を、刻みながら。
「俺も、愛してる」
満面の笑みと、心からの言の葉。
至福の歌を添えて、君だけに送ろう。
この瞬間に 心も躯も 闇に溶け込む
せめて今だけでも 君の傍で・・・・
fin.
最後の一節と途中・・・魁耶くんの独白みたいなところですが、
またまた歌の歌詞だったり。解る方にはもうバレバレだと思います。
ちょっとずつ変えてありますが。すいませ〜ん、ごめんなさいm(__)m