巨大な部屋。円形に並んだデスク。光の灯らぬ暗い部屋。
其処に一人の女が腰掛けている。胸の前で手を組み、瞳を伏せて時を待つ。
やがて、その部屋へやって来たのは城白だった。
「・・・・風架(ふうか)か・・・・」
「貴方は軍の人間なのだから、私のことは『瑞波(みずなみ)総帥』と呼びなさい」
その言葉に、城白は嘲るようにクッと鳴らす。
「その総帥が、護衛も連れずにこんな所へ、一体何の用が有るって言うんだ」
「城白クン。今、この世界がどうなっているか、貴方は知っている?」
出し抜けに尋ねられ、城白は皮肉っていた口を閉じる。
「魁耶くんが亡くなったことで、軍は多大な被害を被ったのよ。タイプA・B・Cはオリジナルがいなければ戦闘能力が大幅に減る様だから」
伏せていた顔に、感情を見せない微笑みを浮かべる。
城白は机に腰掛けながら、「当然だ」と口の中で呟いた。
「大元となる意識が消えて、それに造り出された精神が上手く動く筈がない。もうすぐ体も動かなくなるだろう」
「それを承知で貴方は魁耶くんを殺したの?」
放たれた言葉に、城白は瞳だけを動かして睨み付ける。
そうしたくてやった訳ではなかった。だが、それは只の言い訳にしかならない。
「何故知っている」
「最後に『?』を付けろと言われていなかったかしら?」
クスクス笑いを零しながら、瑞波は立ち上がる。
「軍の一員が何処で何をしているか、なんて一言一句から全て筒抜けよ。総指揮官である私には、ね」
近寄りながら、胸ポケットから取り出した書類を城白へと渡す。
「軍からの正式な要請よ。もう一度魁耶くんを甦らせるように。三日以内にね」
思わず渡された紙を握り潰し、瑞波の襟首に掴みかかる。
「巫山戯るなっ!あれにもう一度生を与えろと言うのか?魁耶は軍の玩具じゃないんだぞ!!」
-------ヤメテクレ。
「殺したのは貴方でしょう?自業自得よ。それに、悪い条件ではないじゃない?宮雪クンの会社の最新技術を使い、欲しい物は全て揃い、尚かつ愛しい者ともう一度再会できる。それの何処が不満だというの?」
「死よりも生きることの方が辛い者もいる!」
-------モウ厭ナンダ。
「貴方さえ道を踏み誤らなかったら、魁耶くんは今でも生きていたわ。全ては貴方の責任なのよ。
感情に流され、時に流され、人間に翻弄される。貴方がそんな事をしているから、魁耶くんは己を犠牲にしなければならなかった。違うと言える?書類上でしか魁耶くんを知らない私が解って、どうして生涯を通して傍にいる貴方が理解できないのかしら?」
「黙れ!何も知らない癖に、知った風な口を利くな!」
引き寄せていた瑞波を、城白は騒動のように突き飛ばす。
奥歯を噛み締め、長い髪を振り乱して、部屋から出ていこうとする。
-------ドロドロトシタ欲望ガ、目ヲ覚マス前ニ。
「脳を引きずり出し、本来の性格を目覚めさせ、機械仕掛けのサイボーグにまでしながら、どうして他の人格を消滅させてやらないの?そうすれば魁耶くんの苦しみは消えるのに!軍からも戦争からも、逃れさせてあげることが出来るのに!貴方にはそれが出来るのに、どうしてしてやらないの!春日!?」
瑞波の叫びも、彼には決して届かない。
研究所(ラボ)に向かって行く城白には、魁耶をどうしてやることもできないのだ。
-------魁耶ヲ一番求メテイルノハ、俺ナンダ・・・・
「お願いだから・・・・私のようにはならないで・・・!春日、春日!同じ過ちを、もう繰り返すのはやめて!もう何も失いたくないから、春日ぁ っ!!!!」
瑞波の悲痛な慟哭は、友へ届くには遅すぎたかも知れない。
今から何十年も前のことなのだろう。
この世界が戦渦に包まれるようになったのは。
何故闘い合っているのか、人々はそれすらも忘れて剣を振るう。
隣国は滅ぼし合い、隣人は殺し合う。
信じあえる者などいない。
女子供すら関係ない、周りにいる者全てが敵なのだ。
そんな破壊した、混沌と無秩序の支配するこの場所で、俺は魁耶を拾った。
当時から軍の科学者として出兵していた俺は、壁に囲まれた研究所(ラボ)が無性に監獄に見えて、どうしても外に出たがっていた。
だから抜け出し、虚無と化した地を踏み締めていたのだ。
そんな時、其処には珍しく残っていた大きめの瓦礫の陰に、引き裂かれた腹部を押さえ込んで蹲っていた魁耶。
黒ずんだ血に染まる、躯と瓦礫。もう少し遅かったら確実に死んでいた、時間と出血量。
運がいいのか悪いのか、生物も扱っていた俺には手術も輸血も完璧だった。
魁耶が意識を取り戻したのはそれから数年後の事だが、魁耶にしてみれば、その時死んでいられた方が倖せだったかも知れない。
あのまま目覚めずに、永遠の眠りについた方が・・・・
ピーッ ピーッ ピーッ!!
突然の警告音に、俺の意識は引き戻される。こんな事を考えている場合ではない。
今扱っているのは脳だ。体は幾らでも機械に取って変えることは出来るが、此処ばかりは入れ替えは出来ない。
脳が損傷してしまえば、魁耶は二度と戻ってこられないのだから。
暫く細かい作業をしていた為だろうか、額や項にじっとりと脂汗をかいていた。それを無造作に袖口で拭い、最後の作業に取りかかった。皮膚を繋ぎ合わせて脳を閉じ、体を稼働させてやれば直に目を覚ますだろう。
縫合用の針を握った瞬間、瑞波の言葉を思い出す。
ここで少し弄ってやれば、タイプA・B・Cの人格は消してやることが出来る。簡単ではないが、消えた人格を呼び覚ます事に比べたら造作もない。
瑞波の言った通り、そうすれば魁耶は苦しまずに済むだろう。
だが、物心付いたときには既にタイプAは存在していた。そうしなければ生きてこられなかったからだろう。
言うなれば、複数の人格が存在しているからこそ、魁耶本来の人格は存在していられる。他の人格が、魁耶がいなければ存在し得なかったように。
それに、誰か他の手で消したとしても意味はないのだ。 魁耶が自分で、
「自分でやらなければ、永遠に一つにはなれない・・・・」
自己解決が出来なれば、人格は回帰し続けるだろう。
消されては甦り、甦っては消される・・・・今の魁耶と、同じように。
ボンヤリとそんなことを考えている内に、慣れた作業は一部の狂いもなく終了した。心臓部を稼働させると、ヴンと低く唸りながら、体が熱を持ち始める。
数分の後、魁耶はゆっくりと瞼を押し上げた。
「・・・・・・・・・・魁耶」
「・・・・・・・・僕は又、君に生かされるのかい?」
微笑み、しかし苦しそうな表情で魁耶は春日を見る。
どうして、と。
「・・・・・っすまない。だが俺は」
「三度目、だよ。春日が僕を生かすのは。最初は、覚えてないくらいうんと小さい頃。
目を覚ました時、この国では戦争は終わっていたけれど、僕は他国の援軍として駆り出された。
何故同じ国の者と殺し合わなければいけなかったんだろう。どうして国が二分したのか、僕には解らなかった。
その闘いで僕が完全に命を落とした時、君はもう一度僕に命を与えた。これが二度目。機械の体で、僕は生身の人間を切り倒した。気が狂うかと思った。・・・僕の場合はもう、半分狂っているけど。
一つの体に複数の人間が存在するなんて可笑しいもの。
これで終わりだと思ったんだよ?やっと総てから開放される、そう思ったのに!
好きだけど・・・春日のことは本当に好きだけど、でももう誰も殺したくない!誰かが殺されるのを黙って見てるなんて、もう耐えられない!平気で僕を傷つけて、傷口を抉って、蝕んでいく癖に、どうして僕を生かすの?ねぇ、答えてよ春日っ!!!!」
「・・・・・・・・・・・お前が欲しいから。俺の傍に繋ぎ止めておきたいから、勝手に死ぬ事なんか許さない。
魁耶が悲鳴を上げようが苦しんでようが、関係ない。俺が生きている限り、お前は絶対に死なせないっ!」
厭なら俺を殺せばいい。
苦しいぐらいに抱きしめて、春日は魁耶の耳元で甘く囁く。
「…っどい…!僕は、春日の傀儡(もの)なんかじゃない!僕は・・・っ」
何故、涙が溢れるのか。
突き飛ばしてでもこの腕から逃れればいい。
だが、思うだけでは力にならないのだ。
「春日に・・・・・・逆らえないのに・・・・・!」
悔しい、悔しい、悔しい!!
今の言葉で、至極嬉しそうな顔をするこの男が、憎くて堪らない。
「好きだよ、魁耶」
決して「愛してる」とは言わないというのに。
この男の元に返ってくる為に、自分は何万の骸も越えてきたのだ。
この腕に、抱かれる為に。
The 狂気マインド。
っちゅーか狂愛?