多分、余り時間がないから。
僕がこの躯を動かしていられるのは。
だから早く逢いにゆこう。
不思議だね。君が何処にいるのか、僕は手に取るように解るんだ。
この部屋の鍵の、暗証番号でさえ。
「ほら、ね。やっぱり」
にっこり笑ってそう言えば、君は眉間に皺を寄せて振り返るんだよ。
「・・・・・・・・・どうやって此処に来た」
「そういう威圧的な言い方は駄目だよって、何時も言ってるじゃないか。最後にはきちんと『?』をつけてねって」
ドアを閉めた部屋の中には、独特の臭いが漂っていて。
あぁ、彼はまた僕以外の人とシタんだなって。
僕は思わず笑ってしまうのだけれど。
「ねぇ、春日。いろんな人とスルのはいいのだけれど、もう一寸気に掛けない?せめて換気扇を回すだとかさ。・・・・・・・って、君は僕を抱え上げてベッドルームに入って行くけど、何をする気?」
「SEX」
ベッドに僕を投げ置いて、のし掛かってくる春日に向けて、僕は盛大な溜息で迎えてあげた。
「あのね、春日。名詞だけの会話では脳が腐ってしまうよ?ちゃんと主語と述語の関係を成り立たせて、そこで更に修飾語だとか感動詞だとかを組み合わせて・・・・って人の話を聞け」
-------ドフッ!
僕の言葉を無視して黙々と服を脱がしにかかる春日の脇腹を、膝で強かに打ち付ける。
脇腹を押さえてフリーズする春日に、僕はもう一度、微笑む。
「『親しき仲にも礼儀有り』。久しぶりに逢ったっていうのに、挨拶も無し?」
多少の棘を含ませてね。
そうすると、春日は必ず言ってくれるから。
「魁耶」
って、僕の名前を。
「なぁに?」
「どうして俺を拒まない?だったら、こうなる前に言えばいい」
「こうなる前って、僕が聞いたときはもうベッドの上に押さえ込まれていたけど?」
「・・・・・・・・・・・・・」
相変わらずだね。
君は僕に口では勝てないのに。
「春日。君が僕のことを好きなら、僕は素直にベッドの上にいるよ。でも特別な感情が無いのなら、このまま僕を殺してくれる?」
口元には笑顔を貼り付けたまま。でも目は真剣だよ。
解るかい?
コレが僕の出した答え。
君に生かされた僕だから、死ぬときも君にして貰おう。
怨んでも怨んでも怨んでも、怨み切れない君だけど、それでも愛しているんだよ。
他の誰でもない、この僕が。この躯で。君を。
「・・・・・・・・・お前は誰だ?」
やっぱりね。
どうしてそんなに予想通りの言葉を返してくれるのかな。
一番聞きたくなかった言葉。
だけど一番確率が高かったよ。
「僕は僕だよ?」
もう前のようには笑えないよ、春日。
残酷だね、君は。
「魁耶・・・・・・・・」
春日。
「僕はね、一生に一度しか泣かないって決めたんだ。僕が泣くときはね、一番大切なものを失った時」
春日。春日。春日。春日。春日。春日。春日。
「魁耶・・・・お前が好きだ」
止まらないよ、泪が。
「魁耶・・・・・・」
絶対零度の優しさなら、業火のような憎しみが欲しい。
僕は、前にもそう言ったね。
「さよなら、春日。殺してくれて有り難う。最後に逢えて嬉しかったよ。僕の時間は、此処で終わりだから」
「っ魁耶!」
もう生きていても意味はないから。
愛する人にさえ、僕は解って貰えないから。
父のように、母のように、春日にまで。
「春日って、結構残酷なんだね?僕、オリジナルが泣くトコ初めて見たヨ」
無邪気な笑顔を振りまく、魁耶だったもの。
魁耶が生きるために創り上げた精神たち。
だが、彼らだけでは意味がないのだ。
俺は、一体。
「一体、何の為に・・・・・」
「全部、無意味になっちまったな?」
クックッと嘲笑を喉の奥で発しながら、前髪を掻き上げる。
「魁耶は消えたよ。この躯の何処にも、彼奴が居た証はない。この躯に存在するのは3人だけだ」
何故。
「もう遅いんだよ。どれだけ意識の容量を占めてようが、結局弱ければ生き残れない。精神的にも、肉体的にも。アンタはそれに気付いてねぇから、同じ事を繰り返すんだっ」
言葉と同時に春日の躯を押し倒しながら、“魁耶”は唇を重ねてくる。
舌を絡め、唾液を零しながら、貪るように舐め上げる。
「SEXしたいんだろ?相手になってやろうか?躯は魁耶だからな」
品の悪い笑みを浮かべ、春日の髪を弄ぶ。
「・・・癖は変わらない、か。全員共通だな、タイプC?」
感情も抑揚もない声で相手を呼べば、表情から笑みが消える。
-------ガッ!
何の迷いもなく打ち付けられる拳。
血の味が滲む口腔。
「うぜぇんだよ。その呼び方、今度やりやがったらマジで殺す!」
襟首を持ち上げ、締め上げる。
突然、腕から力が抜け、ベッドへと落とされる。
「キレて躯に戻ったか・・・・」
魁耶へと視線を戻すと、既にアイプロテクターはつけられていた。
前髪で隠れてしまっている表情は、もう読みとれない。
ゆっくりとベッドから這い降りると、ドアへと向けて歩んでいく。
それを止める気は無かった。
「・・・・・・・・・・早く、気付いてやれ」
扉を閉める音と相まって消えかかっていたが、何よりも鮮明にその声は頭に響いていた。
何よりも、誰よりも、お前に向けて放たれた悲痛の叫びを。
お前にしか聞けぬ、魁耶の声を。
生きてきた中で、ただ一人愛した者の心を早く-------