成長不良の華奢な体。 開くことを拒む閉ざされた口元。
感情のない濁った瞳。 総てを捨てた冷たい心臓。
「素晴らしい。良いモルモットを手に入れましたね。
すぐに手術(オペ)の準備を。彼を兵器に仕立て上げますよ」
何処へ。
押さえ込まれる力。
痺れていく意識。
また一つ血塗られた扉が開いていく。
アァ、闇ニ堕チテ逝ク。
「こんにちは、嶺平 魁耶(みねひら かいか)クン」
起き抜けに聞かされた言葉が、これだった。
誰のことを言っているのか。
いや、それよりも。
「・・・・・・・・・目・・・・・・見え・・・」
「少し弄らせていただきましたよ。五感は、きちんと働くようにしておかなければいけませんからね」
むかつくぐらいの微笑を湛えて、男は言う。
「・・・・・・・・・・・・・・崩れる・・・・・・・・!!!」
厭だ。今まで必死に創り上げてきた世界が、自分が壊れてしまう!!
サイドボードに置かれたペンを手にすると、勢い良く瞳へと突き立てる。
だが、周りにいた白衣の男達に押さえ込まれ、あと数oというところで止められてしまう。
「・・・・・・・・・壊す・・・・・・・・何も・・・・いらない!!!」
白衣の男を突き飛ばそうと力を込めた時、カシャンと何かを外す音が響いた。
同時に、重力に引かれるようにベッドに埋まってしまう。
「・・・・・・・・っ?・・・・ふっ・・・・ぅ・・・」
「せっかく全快にしたのですから、大切にして下さいね。眼球も内蔵も、そう安くはないのですから」
動けずに足掻く自分に向かって、男は手を差しのばす。
どういうことだ? 何故、力が入らないんだ?
「苦しいですか?その感覚を良く覚えておいて下さいね。それが貴方の死の前兆。そしてこれが・・・」
差し出された掌に、何かが現れる。
「今の貴方の‘心臓’です」
男の長い指で弄ばれていたのは、小さな白いカードだった。
「・・・・・しんぞう・・・・・・・」
うずくまったままの体をきちんと横たえされられ、目の前にあるカードを見つめる。
「そうです。管理をしているCPからコマンドを入力せずに、貴方のカードリーダーからこれを引き抜けば、貴方は即死亡、ということです」
「カードリーダー・・・・・・・」
「貴方の此処に付いているでしょう?」
パサッと手術服が捲られ、露わになった太股にソレはあった。
銀色に鈍く光る、直接肉に取り付けられた、四角い箱。
その差し込み口にカードを入れられると、途端に体が楽になる。
「そのカードリーダーも外せません。左足の神経は使い物になりませんから痛みはないでしょうが、例え引き千切っても絶命しますからね」
カードを外しても、箱を剥がしても死ぬ。 とりあえず、それは解った。
だけれど、何故こんな物を付けられなければいけないのか。
だんまりを決め込むと、男はクスッと声を上げる。
「頑なですね、魁耶くん。いいでしょう、一から説明します。どうぞ、こちらへ」
再び差し出された手をはね除け、自らの足で地を踏む。 自分に干渉しようとする男を、睨み付ける。
「素晴らしい、その瞳はゾクゾクしますよ」
エレベーターが止まったのは31階。それ以上、上の階はない。
廊下に移動し、いくつかある扉の内、奥の突き当たりへと進んでいく。
部屋の中にはベッドとトイレ、バスルーム、簡易テーブルと小さなキッチン・冷蔵庫があった。
「此処が、今日から貴方が暮らす部屋になります。何か不満はありますか、魁耶くん?」
ふっと微笑んで名前を呼べば、疑惑の目を向けられる。
「・・・まさか、自分の名前を知らないのですか?」
まさかと思い問うてみるが、彼は反応を示さない。
それは反抗のだんまりではなく、肯定の黙認なのだ、と解った気がした。
「では、そこから説明しましょうか。貴方の名前は嶺平 魁耶。生年月日、出生地、年齢はいずれも不明。家族構成も曖昧。全てが謎に包まれた人間なのですよ。
我々の会社は生物学を研究していましてね、噛み砕いて言えばクローンや人工生命を造り出そうとしている訳です。ですが、同じような組織が我々を含め6つありましてねぇ。
ですから、我々は考えたんです。組織を一つにまとめてはどうだろうか、と。しかし、何処の組織も統轄後の支配権を譲ろうとしませんのでね?」
そこでようやっと言葉を止めると、堪えきれず心底楽しそうにクスクスと喉を震わせる。
「ある面白いゲームを考え出したんですよ。素晴らしいゲームです。貴方にはそのゲームの駒になって頂きたい。貴方もきっと楽しんでいただけますよ」
男は酷く楽しそうに、そして冷酷に口の端を歪める。
その笑みに釣られるように、魁耶は口を開いていた。
「・・・・・なに?」
更に目を細めると、男はもう一枚、闇色のカードを魁耶の掌に落とす。
「ようこそ、殺人ゲームへ」
殺人ゲーム・・・と聞いて、血が騒ぎ出す。鼓動が早まり、狂喜にも似た感情が、体中を駆け巡る。
心底から、切に願う。
血が欲しい、と。
「やはり貴方は、素晴らしい」
渇きを訴えるように喉元を押さえつけている魁耶を見て、男はクッと喉を鳴らす。
「そう焦らずに。ゲームが始まれば、好きなだけ血を浴びることが出来るのですから。
ゲーム開始は毎週金曜の午後11時から1試合ずつ。トーナメント形式で、戦手は22名、5ゲーム程は出来るでしょうね。 ・・・・・まぁ、貴方が生きていられれば、の話ですが」
その言葉に、光を得た魁耶の瞳が鋭くなる。
まるで、何を巫山戯た事を、と物語っているかの如く。
「貴方は、白のカードを取られた時点で死ですからね。 死にたくなければ、相手の命を奪って下さい」
ふんっと鼻で返事を返した魁耶に、「あぁ、そうだ」と男は手中のカードを指し示す。
「素手で殺し合え、とは言いません。先程のエレベーターにある差し込み口にそのカードを入れれば
地下の研究所(ラボ)へと行けますから、そこで必要な物を揃えて下さい。
拳銃でもジャック・ナイフでも、どうぞお好きな物を。足りない物があれば、申し出て下さいね」
そこまで伝えると、男はドアまでの道をあける。
つまり、今すぐに揃えてこい、ということだろう。
一も二もなく、魁耶はエレベーターへと歩を進める。
乗り込む直前、男の声が耳に響く。
「言い忘れましたが、拳銃を使うときはサイレンサー、付けて下さいね」
拳銃?ナイフ?そんな物必要ない。
今までだって、ずっとこの躯一つでやってきたのだから。
今一番自分に必要なのは、己の世界を守る術。
それだけだ。
男は暫く魁耶の居た所を見つめていた。
そうしてうわ言のように「素晴らしい」と呟くと、魁耶の部屋を後にする。
「今日の予定は何か入っていますか?」
カッカッと靴音高く進んでいけば、後ろに控えていた女性がペラリと手帳を捲る。
「火急の用事は、特に入っておりません」
頷いて返事をすると、さっと右手を挙げる。
ピタリとその場で立ち止まった女性へと、男は振り向く事も、まして立ち止まる事もせずに言葉を紡ぐ。
「迂王 京迦(うおう けいか)を私の部屋へ。至急ね」
「かしこまりました、宮雪(みやゆき)社長」
「・・・・・あれが我が社の駒だと仰るのですか・・・?」
年の頃は22〜3だろうか。
宮雪の前に立つ青年は、モニターを見つめたまま苦々しげに呟いた。
「そう。なかなかに良い人材だとは思いませんか?・・・・まぁ、もう少し肉を付けた方が良いとは思いますが・・・」
冗談めかして言う宮雪に、迂王 京迦は首を振る。
「戯れ言はおやめ下さい。私は反対です。あの様な子供に我が社の命運を預けるなど・・・・言語道断です!」
ふいっと目を逸らしながら、迂王は更に続ける。
「私には社長の考えていらっしゃることが解りません。ゲームの参加人数に規定はない筈でしょう?
それなのに彼一人きりとは、一体どういうおつもりですか?貴方の下には500以上の部下がいるのですよ?
その彼らを裏切るような行為・・・・そんなに・・・彼が気に入ったというのですか・・・・?」
終いには俯いてしまう迂王に、宮雪はクスッと微笑む。
革張りの椅子から立ち上がると迂王の前へと回るが、それでも顔を上げようとしない。
そんな彼の見た目よりも細い顎を、くっと持ち上げる。
「本当に貴方は、小さな子供のようですね。私と関わる全ての者に嫉妬をして・・・」
「っ?・・・・そ、そんなことは・・・」
「でもそんなところが、私の心を捕らえて放さない・・・・」
「しゃ・・・ちょ・・・んっ・・・・・」
最初は触れたかも解らないほど、優しく。
次第に深く、激しく。全てを絡め取るように。
離れた瞬間、相手が自分無しでは居られなくなるように。
私には必要だから。体のいい性処理の道具が。
彼はとても素直に躯を開いてくれる。だから抱く。それだけでいい。
そこに愛など有りはしないのだから。
案内された武器庫には、確かに数千という数が収まっていた。刃物にしろ拳銃にしろ、全て数種類ずつ、様々な型が揃っている。
奥へ進むにつれ、何処で手に入れたのかと疑いたくなる代物まである。ランチャー、バズーカ砲、手榴弾・・・。あまつさえ、バイナリー武器まで置いてある始末だ。
だが、いくら数があっても自分には必要ない。決して使わない訳ではないが、だとしても使い慣れた自分の物で充分だ。それに、今一番欲しい物は、この場所にある筈がない。
ふっと大きく息を吐くと、出口に向かって踵を返すが、扉付近、視界を彷徨わせた先に拳銃を見つけ、何とは無しに近寄ってみる。
ベレッタM92FS−DESERRT STORM、U.S.M9、ワルサーP-38、PPK、TPH、スタームルガー Mk1 MAXI・・・・。
生きる為に必要だった、裏の世界でしか通用しない知識が、脳裏を掠めていく。
先に二度ほど使ったことがあるが、自分には合わない武器だとすぐに悟った。衝撃に手首が耐えられない。それ以前に、小さすぎる掌では両手でホールドしてもグリップが余ってしまう。ギリギリでしか、トリガーに指が届かない。
あの時程、自分の貧弱な躯を呪ったことはない。
「・・・・・・・・・・っ」
莫迦莫迦しい。 銃だけが武器じゃない。自分には必要ない!
足早に立ち去ろうとして、だが、一つの物が目に入った。
自分の掌と同じ程の大きさ。試しに手に取ってみると、重さといい形といい、丁度良い。
しっくりと手になじむ。何故だか、探していた物を見つけたような、安堵感。
同時に感じる、全身の毛が逆立つような、痛みを伴う寒さ。
だけれどもう、これは手放せない。
武器庫を出る瞬間、ハッキリと思いだしたその名前。
「・・・・・・・DOUBLE DERINGER」
「・・・・・これを、彼が必要だといったのですか・・・?」
怒りを噛み殺した声で、迂王はリストを持ってきた人物に問いかける。
いくら抑えていても怒りの余り手が震え、先刻渡されたばかりだというのに、リストは既にくしゃくしゃになっている。
「は、はいっ!先程サンプル1が武器庫から出てきた後、社長に渡して欲しいと、これと一緒に私に・・・・」
‘これ’と言って差し出された物は、折り畳まれた紙。どうやら手紙らしい。
「社長宛に?何て図々しい!自分が特別な存在だとでも思っているのですか?」
バシッと手紙を受け取りながら、迂王は彼を非難する。さしあたって、ここでは悪いのは彼ではなく魁耶と言うことになるのだが、それは敢えて無視である。
怒りの矛先を向けられた彼は、ヒィッと戦慄きながら頭を下げる。
「も、申し訳ございません!これからはきちんと言いつけますので、どうか・・・」
土下座をもする勢いで、脂汗をかきながら縮こまっている。
キィッと椅子の軋む音がすると、彼は躯を強ばらせて押し黙ってしまう。
「迂王専務、その手紙とリストを見せて頂けますか?それは私宛でしょう?
ご苦労でしたね、有尚研究所長。これからも魁耶くんからの要望が有れば、必ず私に報せて下さい。いいですね?私に、報(しら)せるのですよ」
「はいっ。かしこまりました!必ずお知らせ致しますっ。し、失礼しました!」
もう一度大きく腰を折ると、逃げるようにして部屋を出ていった。
さて、と一息吐くと、宮雪はリストと手紙を眺め始める。暫く無言で見つめていた彼は、堪えきれずに大きく噴き出してしまった。
「しゃ、社長・・・・?」
彼の豹変振りに、迂王は腰を抜かさんばかりに絶句している。
ひとしきり笑い続けると、大きく息を吸い、そして。
「あぁもう本当に、彼は素晴らしい」
と。
「・・・・・・・にが、何が素晴らしいのですか?そんなどうでもいい物ばかり、何が洋楽CDです?何がCDコンポですか?アイ・プロテクターだとか、いらない物ばかりではないですか!!もっとこう、防弾チョッキだとかトレーニング用品だとかあるでしょう?本気でやる気があるんですかっ!?」
「落ち着いて下さい、京迦くん。魁耶くんなりのトレーニング方法が何かあるのでしょう。とりあえずゲームを見てみないことには、何も解りません。 兎に角まず、このリストに載っている物を発注してください。
それから、追加として携帯用MDプレーヤーとMD、それとダブル・デリンジャー用の実弾の取り寄せをお願いできますか?」
にっこり、という最上級の笑顔付でリストを手渡す。
黙り込んだまま立ち尽くしていた迂王は、一度頭を下げると、無言のまま扉を閉めた。
ドサッと革張りの椅子に背を預けると、ふっと口元を上げる。
「心配などしなくても、彼が負けることはありませんよ。さしあたって貴方以外には、ね。
それを貴方が許さないのですから。そうでしょう?城白(しろしら)くん」
まるで独りごちているかのように呟く宮雪の元へ、歩み寄る人影があった。